疑うこと、信じること

最近少し感じることですが、自分であれ、他人であれ、疑うことと、信じることのバランスが重要な様な気がしてきました。

前にも少し書きましたが、このブログを通じて自分の考えがどんな風に変わっていくのか、今後この記事を見てどう感じるのかを自分の成長の判断材料としておきたいので、今の自分の考え方を残しておきます。

疑うこと

「疑う」と書くとマイナスイメージになってしまいますが、疑うということはつまり疑問に思うこと、調べ上げること、確認することにつながるため全くのマイナスとは言えません。

ただ、そこから疑ったことについて疑問に思い、調査し、確認を行ったあと、それがその事象について肯定的であれ、否定的であれ解消をするべきだと思います。

その答えが次の「信じる」ことに繋がっていくと感じています。

信じること

尊敬する人の言葉であったり、目の前で起きた事象など、全てが全て当てはまるとは言いませんが、「信じる」ということは疑うことから始まるのではないでしょうか。

ある事象について疑問に思い、自分で調べる、または教えを請うて疑問点を払拭した時、その事象について信じることが出来ると思っています。

普段の生活において

普段の生活においても当てはまることは沢山あります。

ある商品を購入したい時、その商品の知識がまるでない場合は疑うことから始まります。

メーカーは?値段は?デザインは?様々な観点から疑問点をぶつけ、納得し、その商品であれば大丈夫と信じてから購入をすると思います。

逆に商品を売りたい時でもそう。その疑問点や不信感を全て解決することが出来るのであれば売れる商品へとなり得るのではないでしょうか?

制作という仕事において

仕事において考えるとどうでしょう?

まず、自分が制作を行う前に、納期に間に合うのか?クオリティに達することが出来るのか?と疑うことから始まり、逆算を行います。

そして、スケジュール、制作に必要な知識やコストを割り出し、納期に間に合うことが出来る、満足するレベルのクオリティを達成できると信じることが出来てから次のステップへと進むことが出来るのだと思います。

また制作を行った後で、自分はミスをしていないだろうか?抜けているところはないだろうか?と疑い、確認を徹底することで制作された、信じることの出来る制作物を創り上げる必要があり、そうでないものであれば、何処かでミスや抜け漏れ、または納得のいかないものになってしまうのではないでしょうか。

精一杯自分を疑い、心底信じることの出来る作品であれば必ず良い物になると感じています。